「退職金を一時金でもらうのと、年金で分割してもらうのとでは、どちらが得なのでしょうか?」——50代を迎えた会社員から、編集部に最も多く寄せられるご質問です。

結論から申し上げると、勤続20年以上の方は、ほとんどのケースで一時金受け取りの方が手取りが多くなります。同じ額面2,000万円の退職金でも、受け取り方を間違えると手取りベースで約200万円〜500万円もの差が生まれることがあるのです。

本記事では、退職所得控除の仕組みから、勤続年数別の最適解、企業型DC・iDeCoとの併用戦略まで、編集部独自試算をもとに丁寧に解説します。シニア層・親世代と一緒に読んでいただけるよう、専門用語にはすべて補足を添えています。

結論:勤続20年以上なら一時金が圧倒的に有利

退職金の受け取り方には大きく分けて3つの方法があります。「一時金(退職時に一括受け取り)」「年金(10〜20年に分割して受け取り)」「一時金+年金の併用」の3パターンです。

💡 編集部の結論

勤続20年以上・退職金1,500万円以上の方は、原則として一時金受け取りが最有利です。理由は「退職所得控除」という強力な税制優遇により、所得税・住民税・社会保険料の三重節約が効くためです。一方、勤続15年未満・退職金500万円以下の小口ケースでは、年金併用が有利になる場合もあります。

下記の早見表が、編集部による全体像のまとめです。

ケース勤続年数退職金額面推奨受け取り方手取り差(試算)
大手企業勤続35年35年2,000万円全額一時金年金20年比 +約220万円
中堅企業勤続25年25年1,500万円全額一時金年金15年比 +約130万円
中途入社・勤続15年15年1,000万円一時金中心+一部年金全額一時金とほぼ同額
確定拠出年金中心30年1,800万円退職金一時金+DC年金全額一時金比 +約60万円
iDeCo併用ケース30年2,200万円(含iDeCo)iDeCo先行受取+退職金一時金同時受取比 +約180万円

なぜここまで差が出るのか。鍵を握るのは「退職所得控除」という、退職金にしか使えない特別な税制優遇です。次章で仕組みを丁寧にひもといていきます。

退職金にかかる税金の基本(退職所得控除)

退職金は給与や賞与と同じく所得税・住民税の課税対象ですが、長年の勤労に報いる目的で極めて手厚い控除が設けられています。これを理解しているかどうかで、手取りが数百万円単位で変わります。

退職所得控除の計算式

退職所得控除額は、勤続年数によって以下のように計算されます(国税庁No.1420)。

勤続年数控除額の計算式計算例
20年以下40万円 × 勤続年数
(最低80万円保証)
勤続15年 → 40万 × 15年 = 600万円
20年超800万円 + 70万円 ×(勤続年数 − 20年)勤続35年 → 800万 + 70万 × 15年 = 1,850万円

この計算式の最大のポイントは「20年を超えると控除額の伸びが1.75倍になる」点です。長く勤めた人ほど手厚く守られる仕組みになっています。

主要な勤続年数別の控除額一覧

勤続年数退職所得控除額この額までは非課税
10年400万円退職金400万円まで税金ゼロ
15年600万円退職金600万円まで税金ゼロ
20年800万円退職金800万円まで税金ゼロ
25年1,150万円退職金1,150万円まで税金ゼロ
30年1,500万円退職金1,500万円まで税金ゼロ
35年1,850万円退職金1,850万円まで税金ゼロ
38年2,060万円退職金2,060万円まで税金ゼロ

課税退職所得の計算ステップ

退職金から控除額を差し引いた後、さらに「1/2」を掛けるのが退職所得課税のもう一つの優遇です。給与所得と比較すると、税負担は半分以下に抑えられます。

📐 計算式

課税退職所得 =(退職金 − 退職所得控除額)× 1/2
所得税・住民税はこの金額をもとに計算されます。さらに退職金は「分離課税」のため、給与所得と合算されず単独で税率が決まります。

【編集部独自試算】2,000万円受け取りのリアル比較

ここからが本記事の核心です。退職金2,000万円・勤続35年・退職時60歳・東京都在住の独身世帯を想定し、受け取り方による手取り差を編集部が独自試算しました。

※年金受け取り時の運用利回りは企業年金連合会の標準的な予定利率1.5%を採用、社会保険料は協会けんぽ・東京都・65歳以降の介護保険料込みで試算しています。

受け取り方受取総額(額面)所得税・住民税社会保険料増手取り合計
全額一時金2,000万円約7.5万円0円約1,992万円
年金10年(年200万)2,148万円
(運用込)
約148万円約78万円約1,922万円
年金15年(年133万)2,225万円
(運用込)
約132万円約95万円約1,998万円
年金20年(年100万)2,310万円
(運用込)
約168万円約120万円約2,022万円
一時金1,500万+年金500万(10年)2,037万円
(運用込)
約42万円約20万円約1,975万円

一見すると年金20年が最も手取りが大きく見えますが、ここには「現在価値」の概念が抜けています。20年後に受け取るお金の価値は、インフレ率2%なら現在の約68%にしか相当しません。

受け取り方手取り合計(額面)現在価値換算
(割引率2%)
一時金との実質差
全額一時金約1,992万円約1,992万円基準
年金10年約1,922万円約1,727万円−265万円
年金15年約1,998万円約1,716万円−276万円
年金20年約2,022万円約1,653万円−339万円
⚠️ 編集部の警告

「年金の方が額面で得」という金融機関の説明には、社会保険料の増加と現在価値の低下が含まれていないことが少なくありません。手取り+現在価値で比較すると、勤続35年・退職金2,000万円のケースでは一時金が年金20年比で約340万円有利という結果になりました。

勤続35年・退職金2,000万円のケース

大手企業に新卒入社して定年まで勤め上げた、最もスタンダードなケースです。

退職所得控除の計算

勤続35年なので控除額は800万円 + 70万円 × 15年 = 1,850万円。退職金2,000万円から1,850万円を引いた150万円が課税対象の原資となります。

所得税・住民税の計算

つまり2,000万円の退職金に対し税金は11万円少々(実効税率0.57%)。これが一時金受け取りの圧倒的な節税効果です。

✅ このケースの結論

勤続35年・退職金2,000万円なら、迷わず全額一時金を選択しましょう。手取り約1,989万円が確実に残ります。年金20年に比べて現在価値ベースで約340万円の差です。

勤続25年・退職金1,500万円のケース

中堅企業や転職を1〜2回経験した方に多いケースです。

退職所得控除の計算

勤続25年なので控除額は800万円 + 70万円 × 5年 = 1,150万円。退職金1,500万円から1,150万円を差し引いた350万円が課税対象です。

所得税・住民税の計算

手取り約1,473万円。実効税率は1.76%と、依然として極めて低い水準です。

✅ このケースの結論

勤続25年・退職金1,500万円も全額一時金が最有利。年金15年で受け取った場合の現在価値約1,343万円と比較すると、約130万円のプラスです。

勤続15年・退職金1,000万円のケース

30代後半〜40代前半で転職する方、中途入社の方によくあるケースです。

退職所得控除の計算

勤続15年なので控除額は40万円 × 15年 = 600万円。退職金1,000万円から600万円を差し引いた400万円が課税対象です。

所得税・住民税の計算

手取り約970万円。所得税率が10%帯に上がるため、長期勤続ケースよりやや実効税率が高め(3.05%)になります。

✅ このケースの結論

勤続15年・退職金1,000万円は一時金中心が有利ですが、退職後の生活費・住宅ローン残債次第では「一時金700万+年金300万(10年分割)」のような併用も検討余地があります。年金部分は公的年金等控除の枠内に収まる金額なら税負担が抑えられるためです。

年金受け取りの落とし穴3つ

「年金で分割の方が安心」と勧められて選んだ結果、想定外の手取り減に直面するケースを編集部は多く取材しています。代表的な3つの落とし穴を整理します。

落とし穴1:公的年金等控除の「壁」を超えてしまう

退職金の年金部分は「雑所得(公的年金等)」として扱われ、公的年金等控除が適用されます。65歳以上で公的年金等控除の枠は110万円。ところが、公的年金(国民年金+厚生年金)が年200万円ある人が、企業年金で年100万円を受け取ると、合計300万円が雑所得の対象になります。

65歳以上の年金収入合計公的年金等控除額課税される雑所得
110万円以下収入額と同額0円
110万円超〜330万円以下110万円収入 − 110万円
330万円超〜410万円以下収入 × 25% + 27.5万円収入 × 75% − 27.5万円
410万円超〜770万円以下収入 × 15% + 68.5万円収入 × 85% − 68.5万円

公的年金とのダブル受給で課税ゾーンに入ると、所得税・住民税合計で年間15万円〜30万円の追加負担が10年続くこともあります。

落とし穴2:社会保険料の扶養から外れる

配偶者の扶養に入っていた専業主婦(夫)が、企業年金を受け取り始めた途端に年間収入180万円(60〜64歳)または180万円(障害者等)の壁を超えてしまうと、健康保険の扶養から外れて国民健康保険に加入することになります。

東京都の国民健康保険料は年収200万円のケースで年間約17万円。10年間で170万円の追加コストが発生する計算です。

落とし穴3:退職時と年金受給時の税率変動リスク

「将来は所得が下がるから税率も下がる」と思いがちですが、実際には消費税・社会保険料率は上昇トレンドにあります。総務省統計によれば、社会保険料負担率は2000年の22.0%から2025年には26.5%まで上昇。今後も上がる可能性が高いとされています。

⚠️ 編集部からの注意

退職金の年金受取は「将来の手取り」を金融機関に委ねる選択です。退職所得控除という確定した節税メリットを今すぐ確保する方が、長期的には合理的なケースが多いと判断しています。

企業型DC(確定拠出年金)の出口戦略

企業型DC(確定拠出年金)は、退職金とは別建てで運用されている資産です。受け取り方は「一時金」「年金(5〜20年)」「一時金+年金の併用」の3つから選べます。

退職金との「同一年受取」に要注意

企業型DCを一時金で受け取り、同じ年に退職金も一時金で受け取ると、退職所得控除の合算ルールが適用されます。両者を合計した金額から控除額を引くため、控除枠を共有してしまうのです。

パターン勤続年数の扱い退職所得控除影響
退職金一時金のみ勤続35年1,850万円標準
DC一時金のみDC加入20年800万円標準
同年に両方一時金長い方を採用+差分1,850万円(合算)控除枠1,850万までしか使えない
退職金一時金+DCは数年後別々に勤続計算計算が分離控除枠を二重活用可能

編集部推奨の出口戦略

勤続35年で退職金1,800万円、企業型DC800万円のケースを想定すると、以下のような戦略が考えられます。

  1. 60歳:退職金を一時金で受取 → 退職所得控除1,850万円フル活用、税負担ほぼゼロ
  2. 65歳:企業型DCを一時金で受取 → 5年経過で控除枠が部分的にリフレッシュ(後述)
  3. または60〜65歳:DCを年金で5年分割受取 → 公的年金開始前の「空白期間」の生活費に充当
💡 5年ルール(4年ルール)の活用

退職金を受け取った後、5年以上空けてDC一時金を受け取ると、退職所得控除が別計算になり控除枠を二重に活用できます(DCの場合は5年、退職金から先に受け取る順番なら4年ルールも適用余地)。これだけで税負担が50〜100万円軽減されることがあります。

iDeCoの受け取りタイミング最適化

iDeCo(個人型確定拠出年金)も企業型DCと同じく、受け取り方によって税負担が大きく変わります。さらにiDeCoの場合は「受け取る順番」で控除枠の使い方が変わるため、退職金との組み合わせ設計が重要です。

iDeCoと退職金の受取順序による違い

受取順序必要な「空白期間」控除枠の扱い有利度
iDeCo先 → 5年後 退職金5年両方フル控除★★★★★
退職金先 → 20年後 iDeCo20年両方フル控除(実質困難)★★★
退職金先 → 19年以内にiDeCo1〜19年iDeCoの控除が一部減★★
同一年に両方0年勤続年数の長い方ベースで合算

編集部推奨のiDeCo×退職金パターン

例えばiDeCo加入15年・残高400万円会社の退職金1,600万円・勤続35年のケースを想定します。

このパターンであれば、iDeCoと退職金の両方で控除枠を最大化でき、合計手取りは約1,998万円。同一年に両方受け取った場合(手取り約1,925万円)に比べて+73万円のプラスになります。

⚠️ 受け取り順序のルール改正に注意

2025年度税制改正により、退職金とiDeCoの「5年ルール」「19年ルール」の扱いが見直されつつあります。実際の受取設計の際は、必ず最新の税制を税理士または金融機関に確認してください。

【編集部からの提言】50代から始める出口設計

退職金の受け取り設計は50歳から始めるのが理想です。理由は以下の3つ。

  1. iDeCoの受け取りタイミングを逆算する必要がある:60歳でiDeCo一時金 → 65歳で退職金、というように5年以上の間隔を空けるには、50代のうちから順序を決めておく必要があります。
  2. 定年延長・再雇用との兼ね合いを見極める:65歳定年延長を選ぶと退職金の支給時期も後ろ倒しになり、受給順序が変わります。
  3. 住宅ローン繰上返済との比較が必要:退職金の使い道を「住宅ローン一括返済」にする場合、税負担が少ない一時金受取が前提条件になります。

50代の出口設計チェックリスト

項目確認内容取得先
会社の退職金規程支給額の試算、受取方法の選択肢人事部・退職金規程
企業型DC残高運用残高、加入年数運営管理機関のWeb
iDeCo残高運用残高、加入年数、受給開始年齢iDeCo運営管理機関
公的年金見込額65歳からの年金月額ねんきんネット
住宅ローン残債退職時残債、繰上返済の損益分岐点金融機関の返済予定表
配偶者の年金扶養範囲、配偶者の受給開始ねんきんネット

退職金シミュレーションは手元の数字から

給与ナビなら給与明細PDFをアップロードして、生涯年収・退職金見込み・公的年金額をワンクリック試算。
50代からの出口設計に必要な数字をすべて一画面で確認できます。

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受け取り方比較サマリー

本記事で解説した内容を、最終的なサマリー表にまとめます。退職金の受け取り方を選ぶ際の「答えの早見表」としてご活用ください。

あなたの状況推奨パターン理由
勤続30年以上・退職金1,800万円超全額一時金退職所得控除1,500万円超を最大活用
勤続20〜29年・退職金1,000〜1,800万円全額一時金控除内で完結し税負担最小
勤続10〜19年・退職金500〜1,000万円一時金中心+少額年金所得税率10%帯への突入を避ける
勤続10年未満・退職金500万円未満全額一時金控除枠内で非課税完結
企業型DC+退職金あり退職金→5年後DC一時金控除枠を二重活用
iDeCo+退職金ありiDeCo先取り→5年後退職金5年ルールで両方フル控除
住宅ローン残債1,000万円以上一時金で繰上返済金利負担と税負担の両方を圧縮

よくある質問(FAQ)

Q. 退職金を一時金と年金で半分ずつ受け取ることはできますか?

A. はい、多くの企業では併用が選択できます。ただし併用の比率は会社の退職金規程で決まっている場合が多く、自由に設定できないケースもあります。人事部または退職金規程を必ず確認してください。一般的には「一時金50%+年金50%」「一時金70%+年金30%」など段階的な選択肢が用意されています。

Q. 退職金の年金受取で社会保険料はどれくらい増えますか?

A. 65歳以降の場合、年間100万円の企業年金を受け取ると、国民健康保険料が年5〜8万円、介護保険料が年2〜3万円増えるのが一般的です(自治体により変動)。10年間で合計70〜110万円の負担増となります。

Q. 退職金を住宅ローン繰上返済に使うべきですか?

A. 残債1,000万円以上・金利1%超・退職時60歳前後の方は、繰上返済が有利になるケースが多いです。金利1.5%×残債1,500万円なら年22万円の利息負担を消せます。ただし生活費6ヶ月分・医療費200万円程度の手元現金は必ず残してください。

Q. 退職金の手取り計算は会社が教えてくれますか?

A. 多くの企業では退職金規程と試算表は教えてくれますが、税引き後の手取り額や年金受取時の社会保険料増まで具体的に提示してくれる会社は少数です。50代以降は自分で試算する、または社労士・税理士に相談するのが安全です。

Q. 確定拠出年金(DC)は60歳で必ず受け取らないといけませんか?

A. いいえ。2022年改正以降、企業型DCは最長75歳まで、iDeCoも最長75歳まで受給開始を遅らせることができます。退職金との5年ルールを活用するため、あえて受給開始を遅らせる戦略も有効です。

Q. 退職金にも確定申告が必要ですか?

A. 通常は不要です。退職時に「退職所得の受給に関する申告書」を会社に提出していれば、源泉徴収で課税関係が完結します。提出を忘れた場合は税率20.42%が一律で課税されてしまうため、必ず提出してください。後から確定申告で還付を受けることもできますが、申告書を出す方がシンプルです。

Q. 退職金が出る前に転職するともらえなくなりますか?

A. 多くの企業では勤続3年以上で支給対象勤続5年以上で満額に近い水準になります。ただし会社都合退職と自己都合退職で減額率が異なる場合が多いので、退職金規程を確認してください。中小企業退職金共済(中退共)に加入している会社なら、転職先が同じ制度に加入していれば通算も可能です。

まとめ:退職金は「受け取り方の設計」で200万円変わる

退職金は、長年の勤労に対する最後で最大の報酬です。同じ額面でも受け取り方によって手取りで100万円〜500万円の差が生まれます。本記事のポイントを振り返ります。

退職金の受け取りは、人生で一度きりの選択です。「会社に勧められたから」「金融機関に言われたから」ではなく、ご自身の数字をもとに、最も手取りが多くなる方法を選んでください。本記事が、その意思決定の一助となれば幸いです。

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出典・参考資料